泰明画廊
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勝呂忠
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「砂丘にて(白の夢)」1982年
112.1×145.5cm 油彩 / キャンヴァス
勝 呂  忠 展
TADASHI SUGURO
( 1926年 ~ 2010年 )
2017年3月14日(火) ~25日(土)
[営業時間] 火ー金曜日:10:00-19:00
土・日曜日:11:00-17:00
3月20日(月・祝日)は休廊。

@ 泰明画廊
■ 会場の様子
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Exhibition Works

勝呂忠
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勝呂忠
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「作品」1964年
40.9×31.8cm 油彩 / キャンヴァス
「街にて(落日)」1982年
116.7×90.9cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「昼下がりの景」1982年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
「陽」1983年
13.9×17.9cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「曲線の相」1983年
116.7×90.9cm 油彩 / キャンヴァス
「風」1984年
116.7×90.9cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「残像」1985年
130.3×162.1cm 油彩 / キャンヴァス
「風音」1985年
97.0×130.3cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「草原にて」1987年
130.3×162.1cm 油彩 / キャンヴァス
「かげろう」1988年
130.3×162.1cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「山波」1988年
130.3×162.1cm 油彩 / キャンヴァス
「光の海」1991年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「城にて」1991年
27.3×22.0cm 油彩 / キャンヴァス
「走る雲」1994年
130.3×162.1cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「都市の景」1994年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
「池にて」1994年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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勝呂忠
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「飛ぶ雲」1994年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
「星の幻想」1997年
130.3×162.1cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「宴のあと」1997年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
「島影」1997年
31.8×40.97cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「風音」1998年
90.9×116.7cm 油彩 / キャンヴァス
「芽生え」2000年
90.9×72.7cm 油彩 / キャンヴァス
勝呂忠
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「源泉」1998年
27.3×22.0cm 油彩 / キャンヴァス
「幻影」2000年
162.1×130.3cm 油彩 / キャンヴァス

Profile

勝呂 忠 略歴

勝呂忠 1926年
1945年



1946年
1949年
1950年


東京に生まれる
父の出身地静岡県土肥町に疎開し、同地で終戦を迎えた。終戦後、約一年間、富士宮市の日蓮宗東漸寺を営む伯父の下で過ごす。この間、静岡県在住であった洋画家曾宮一念に絵の指導を受ける。
多摩帝国美術学校西洋画科に入学。
明治大学文学部仏文科に編入学する。
多摩造形芸術専門学校(現、多摩美術大学)絵画科を卒業。
この年、自由美術協会を脱退した村井正誠、山口薫、小松義雄ら7名によって進められていたモダンアート協会結成準備に、山口、小松の勧めによって参加する。

1951年

1952年



1954年

1956年

1957年

1960年
1961年


1962年
1963年
1968年
1969年
1973年
1981年


1985年
1987年

1989年

2002年
2010年

第3回読売アンデパンダン展に「教会」「港」を出品。以後第10回展まで出品を続ける。
第1回モダンアート協会創立展(日本橋三越)に「聖母園」「梨」を出品。
明治大学文学部仏文科を中退。
第2回モダンアート協会展に「4人」「2人」「坂」を出品。会員に推挙され、以後、同展に出品を続ける。
文学座アトリエ公演「孤憑」(原作:中村敦、演出:矢代静一)の舞台装置、及び舞台美術を担当。以降、文学座の他、青年座等の公演の舞台装置を数多く担当。また、文学座本公演パンフレット表紙絵作成。
文化学院美術科講師となる。
早川書房刊ポケット・ミステリー表紙原画を描き始める。以降、数多くの雑誌の表紙絵を描く。※1
第1回シェル美術賞展に幾何学的構成によって具象的対象を想起させる「チカラ・B」を出品。佳作賞受賞。
多摩美術大学講師となる。第1回安井賞展に「キリスト」を推選出品。
多摩美術大学玄関ホール大理石モザイク壁画(原画:大沢昌助)、同大学階段室大理石モザイク壁画(原作:勝呂忠)の制作に従事する。
多摩美術大学助教授となる。
イタリア政府給費留学生としてイタリアへ渡り、フィレンツェのアカデミア・ベラ・アルテに入学して油彩画のほか、古代・中世のモザイク画を専攻する。帰国後の1964年以降日本全国の病院、ホテル、ビルなどの公共建築に数多くのモザイク、陶板壁画を制作した。※2
イタリア各地のほか、フランス、スペイン、イギリス、オランダ、ベルギー等に旅行。
帰国。東京銀座の夢土画廊で帰国展を開催。渡欧前の具象画から、渡欧後は抽象表現へと変化した。
多摩美術大学を辞任。
京都産業大学教養部講師となる。
古代美術の研究で、トルコ、ギリシャ、イタリア、フランス等を旅行。
第31回モダンアート協会展(東京都美術館)に「地中海にて(A)」を出品。
この頃から黄土色を基調とする背景に、人物立像を想像させる幾何学的形をした黒い色面で表した画風へ転じた。
第35回記念モダンアート協会展に「モニュメント」を出品。作家大賞を受賞。
池田20世紀美術館で「勝呂忠の世界展」を開催。初期から1980年代半ばまでの油彩画・版画等約80点と表紙原画100点が展示された。
第39回モダンアート協会展に「海に浮く太陽」を出品し、同年、同会を退会。以後、画廊を中心に作品の発表を行う。
勝呂忠前衛美術50年展(鎌倉中央公民館市民ギャラリー)。
3月15日、間質性肺炎のため死去した。享年83。


※1
1954年から描いた早川書房刊行のポケット・ミステリーの表紙原画以後、三田文学表紙(1956年~58年)、エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン(創刊号から1965年まで)などの表紙原画を手がけた。
1958年エラリー・クィーン・ミステリ・マガジン表紙によりアメリカ探偵作家クラブ美術賞を受賞。
1984年にはこれらの原画約1000点の中から100点を選び、「勝呂忠装幀原画展」(千代田・木ノ葉画廊主催)を開催した。

※2
群馬県草津温泉ホテル・サンバレーのガラス・モザイク壁画 「太陽と渓谷」(1965年)
岐阜県瑞浪市昭和病院玄関外壁の陶板壁画 「拡がるエネルギー」(1966年)。
茨城県常陸太田市農協会館外壁陶板壁画「みのり」(1967年)。
東京都広尾日本青年海外協力隊センター・ロビー 陶片モザイク「若いエネルギー」(1968年)。
長野県信州中野市年市民会館 陶板壁画、モザイク等(1969年)
など多数を制作。
1987年には山口薫の原画による大理石モザイク「幻想・矢羽根と牛」を群馬県箕郷町新庁舎の壁画として執行正夫とともに制作した。
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