泰明画廊
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溝 部  聡 展

邪心なく、写実と実感の合一を目指す新風世界に期待
清水秀作(美術記者)


 気鋭画家のひとり、溝部聡さん(1960年大分県生れ)の5年振りの新作個展に並ぶのは大小混じえて約30点。風景に花や魚の静物を加えた展開に変わりはないが、じっくりと練り込んで得た輝きは一段と増した。近年、「21世紀展」(主催:五都美術連合会、東京美術倶楽部)へ連続招待されるなど評価の広がりもあり、今展は重厚華麗な溝部ワールドを楽しむ好機と言えよう。

 溝部作品の中心となるモチーフは山。風光明媚、山紫水明のこの図の一つの形を成す山々に、溝部さんはその骨格描写で対峙してきた。華麗に、馴染みの形でとらえるのではなく、自分の見た、感じた山々を直裁に表現しようとした。噴煙上げる桜島、故郷の山である九重(くじゅう)、そして左右に松を配して芦ノ湖越に眺めた富士。白、黄土色、濃緑色、青色という主調音はダイナミックに響きあう。さらに今展の力作として、雪の妙高を描いた作品をあげたい。白と黒、茶色の色相の美しさと構成の力強さに惹かれた。花の作品では赤い地に浮き立つ様な百合図の実在感に注目した。装飾味も濃いのだが、重厚さとの調和が絵の奥行きを創っている。  この画家の表現の基本は写実であり、しかも実感が重んじられていることだと思う。実感とは、画家が対象から感じる生命力のような存在感への共振である。
実感を他者に伝えるには、前提として写実を欠いては成り立たない。単なる、独り善がりに陥ってしまう。また、実感がなければ薄っぺらな絵葉書の段階にとどまる。対象と向き合い、自分を語ることで他者とつながろうとするのが画家である。だから、写実と実感の調和をどう作るかに画家の苦心と精進がある。言うは易しで行うは難しであるから、多くの画家は路線を微妙に変えるのが常である。
鑑賞者の意図に応じたと言われることもあろうが、そのことは悪いことではない。ただ、そういう風にカーブを切らない、切れない画家もいる、どちらが云々・・と言うことではなくてだが、溝部さんは後者の画家なのだと思う。どこまでも、写実と実感の責めぎあう場所での制作が続くのは、そのためであろう。

 溝部さんのその実感を支える手法は、自分が一番描きたいものを正面に据える構成と、厚塗りの色彩を特色とする。正面性を重んじるのは、対象に真っ直ぐに向き合いたいということだろう。時には対象が大きくなって、背景や余白がなくなる。いわゆる引きがなくなっても、画家としての関心の方が勝ると言える。対象が画面からはみ出すことに異はないのだろう。画家にとっては、フレームがあって対象があるのではないから自然な事かもしれない。対象と向き合って得たことの圧迫感も、ある意味で実感なのだ。色彩は、重ねに重ねられても濁ることがない、濁らせるために重ねているのではないからだ。その色彩のボリュームもまた実感であろう。しっかりと成した写生の上に、色を塗るのでは無く置いていくのだ。画家が見た、感じた色をそのままに重ねて力強く創られている。

 溝部さんには描く対象とした風景、そして花などに対する邪心が無いから、作品を見る者の心を鷲掴みにするのだろう。テクニックを超えた、描くことへの至純の秘めた力への共鳴かも知れない。こういう在り方が、一つの絵画表現の大成に向かうかは定かではないが、今、言えることは、剛直であらんとする意思が支えていて、それが画家の歩みにとり貴重なものだということである。
 この画家の、この新風に期待するもの大である。

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溝部 聡 「 桜 島 」 80号
溝部 聡 「 九 重 」 50号
溝部 聡 「 富士と本栖湖 」 80号
溝部 聡 「 妙 高 」 50号
溝部 聡 「 ゆりとばら 」 50号